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いつものように散歩がてら大学の図書館に行って見ると、研究棟が壊され始めていた。やっと解体が始まったのかという感じ。そういえば一緒のゼミだったジャーマンロック好きの女の子は今何やってるんだろうか。大学に行くと色んな記憶が思いがけず呼び起こされるのでとてもよい刺激になる。
大学という場所は欲望の磁場(主に性欲)みたいなとこだからそれに触発されるのかもしれない。 ![]() # by beer-university | 2011-02-26 16:14
12月31日、東京行きの新幹線に乗りながらブログを書いてます。
iPhoneによると今関ヶ原あたりです。 大晦日の今日はおそらく一年で一番ブログが更新される日だと思いますが、それに便乗して今久々にブログを更新してみようと思ったわけなのです。 今新幹線に乗っているわけなんですが、新幹線って一番好きな乗り物です。 もの凄いスピードで流れていく景色を車窓から眺め、その地の事を思い、住む人達の事を考えているだけで僕の妄想は様々な思念を吸い上げつつ宇宙まで加速していきます。 だいたい東京⇒京都間で早稲田松竹に十回以上行けるぐらいの料金がかかるわけですが、宇宙まで行ける事を考えたら全然安いもんです。 なんて下らない事をつらつらとしたためていたら新幹線は名古屋を過ぎました。 今日は年末感一切なしです。 来年も宜しくお願いします。 ![]() # by beer-university | 2010-12-31 19:38
精神異常者や知的障害者が描いた絵に昔から興味を持ってて、たまに見る機会があったりしてたんだけど、それがアウトサイダー・アートっていう名前なんだということを最近知った。
今日新宿のジュンク堂に行っていくつか画集を買ってビール飲みながらパラパラめくって見てた。 見てて物凄く怖くて悲しい気持ちになったけど、何故かすごく救われたような気がした。 もうそれは生の痕跡そのものだった。 何かが動いてるっていう感覚が日常において大事なんだと最近強く思う。 相変わらず飯もろくに食わず酒ばっかり飲んでいるけど、辛うじて健康体でいられるのは何かが自分の周りで動いてる気がするから。 ありがとうとさようなら、毎日これの繰り返し。 ![]()
平成22年5月28日 金曜日
存在は知りすぎるぐらいに知っていたけど何故か今まで一度も行ったことが無かった店に初めて入り酒を飲んでいたら、久しく会っていなかった小学校の同級生が隣の席にいた。 連絡先を交換し次回飲みに行く約束をして店を後にする。 その後友人宅に移りワインを浴びるほど飲んでいたら、本当に文字通りに酒を浴びてしまった。 浴びたワインが赤じゃなくてよかった。 夜が終ろうとしていた時、偶発的にある事実を聞かされ胸が詰まる。 何かが終わるということは何かが始まることだから、さよならを言いたいのだけれど何処に向かって言ったらよいのだろうか。 朝、目覚めたら友人の姿はなく、手書きのメモだけが残されていた。 ある友人も言っていたが去り際の手書きのメモほど嫌なものはない。 そして何故か携帯電話の液晶画面が割れていた。 浴びたワインの香りを道中に漂わせながら帰路についていると、左足に誰かの吐瀉物らしきものが付着しているのを見つけるが、そのまま気にせず自宅へと向かう。 自宅付近の煙草の自販機でマールボロを購入し商品を取り出そうとしたら、取出口に煙草が二つあることに気づく。 一つは目的のマールボロで、もう一つはマールボロメンソールウルトラライトだった。 その煙草には「当たり」と書かれたシールが貼ってあった。 偶然というやつはどこかで影を潜めていて、飛び出す機会をいつも窺っているのだと思う。 一度飛び出したら最後、決壊したダムのごとく淀むことはない。 偶然というのはタチが悪い。 服を着替えシャワーも浴びたはずなのに、ワインの香りがどこからともなく漂ってくる。 ![]()
一週間ほど休みをもらって一人で西日本をあてもなくふらふらとしていたのだけれど、
誰とも会話をすることなく、一週間見たことのないものを見続け、一人考え事をしたりしていると、必然的に自意識が肥大化してメルトダウンを起こしそうになってくる。旅行をするということはそれだけでもう十分情報過多だ。 そうなると無意識的に旅行という非日常の中に何らかの規則性を持ち込んで、束ぬ間の日常性を得て自意識の交通整理をしようとする。 この旅行中では必ず一日にハイネケンを3缶飲み、煙草を10本吸っていた、それも無意識に。 夜になると必ず繁華街に出向いていた。 どこかの店に入るのではなく、ipodに繋がれた白いイヤホンから薄く音楽をかけて、原色のネオンが灯り、香水なのか石鹸なのかどちらとも分からない甘い香りが漂う街の中を気の済むまで歩き続けるのが日課になっていた。 電車に乗れば車窓から見える景色を飽きずにずっと見ていた。 景色というよりそこに住む人々を。ベビーカーを押すまだ母親になったばかりだと思われる若い金髪の女性、窓を全開にしてだらしなく横臥しながら甲子園をテレビで見ている中年の男、夕暮れ時に畑で焚き火に枯れ枝をくべ続けている年寄り、冷たい雨の降りしきる中白い杖を持ち悠然と佇んでいた盲目者。 それだけで心の奥がかっと熱くなるのを感じていた。 結局そこに地があってそこに人が生活しているということをこの目で確認したかっただけなのかもしれないなと改めて思った。 もう絵に描いたようなセンチメンタル・ジャーニーで毎度のことながら嫌気がさしたけど、カメラを持ち歩いてる限りこの性向はどうにもならないだろうなと嘲りと諦めの気持ちが半分ずつ。 ![]()
なんとなく一日が始まり、なんとなく一日が終わる。
そしてなんとなく一年が始まり、なんとなく一年が終わる、そんな生活をもう25年繰り返しているけど、 やはり年の終わりと始まりには持てる意識と活力を総動員して、年が変わったことを実感したいと思っている。 まぁ個人的な一つの大イベントみたいなものだ。 2009年12月末をもってウェンディーズが閉店するいうニュースを聞き、先月友人と共に短期間で2回ほど ウェンディーズに行った。 学生時代によく通った高田馬場店で「BBQベーコンバーガー」という暴力的なハンバーガーと、少し厚めのポテトにチーズソースを過剰なまでに付けて食べて、 タバコを数本吸い、僕はウェンディーズと共に2009年を葬ることにした。 何かが終わればそれはそれで一つの区切りとすることができる。 それはとてもプライベートな問題だ。でもそういうものだと思う。 正月に箱根駅伝を見ることをとても楽しみにしている。 僕の年始のモチベーションはいかに快適に箱根駅伝を見ることができるか、それにかかっている。 大げさな表現ではなく、本当の話だ。 今までの話の流れからすると箱根駅伝が終わって初めて年が明けたことを実感する、ということになるはずだが、全然そうではない。 逆にもう今年が終わってしまったような気になってしまう。 1月3日、復路で全大学の選手がゴールインし、優勝インタビューが終わり、エンドロールが流れ ヘリコプターのカメラがゴールの大手町を映し出し、カメラが引いて東京タワーがだんだん遠ざかっていくのを見ると本当に悲しくなる。 つまり新しい年というものは永遠に僕にはやってこないことになる。 まぁそれもとてもプライベートな問題だ。 終わりあって始まりなし、そんなことを気にもかけず今日もなんとなく一日をやり過ごしている。 煙草と酒と本と音楽があればとりあえずそれでいい。 それも贅沢な話だけど。 ![]()
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